独自の視点で読み解く

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独自の視点で読み解く⑤

「尾道ブルワリー」

 2021年2月、出来立てビールが飲める尾道初のビール醸造所「尾道ブルワリー」がオープンしました。尾道商店街の奥深くひっそりたたずむその醸造所は、1894年築の古いガラス問屋の蔵をリノベーションしたものです。醸造するのは、東京生まれ千葉育ちの佐々木真人さん(1962年生まれ)・佐々木真理さん(1963年生まれ)ご夫妻。醸造所のスタートとともに尾道に移住されました。

東京生まれ千葉育ちの佐々木真人さん(1962年生まれ)・佐々木真理さん(1963年生まれ)ご夫妻

 尾道ブルワリーは、尾道産の果物や野菜などにこだわった「メイドイン尾道」のクラフトビールを造っています。設立2年ながら、「インターナショナル・ビアカップ2021」で銀賞・銅賞受賞、「ジャパン・グレートビア・アワーズ2022」でゴールドメダルを含む4部門を受賞するなど、国内外で確かな品質が認められています。その味を求めて、地元の人々はもちろん観光客など多くの人が集い、尾道の新名所として期待も高まっています。

出来立てビールが飲める尾道初のビール醸造所「尾道ブルワリー」

 今回のインタビュアーは、広島ローカルタレントとして活躍中の中島尚樹・井上恵津子ご夫妻。ビールが大好きで創業に興味のあるお二人は、創業の経緯から実情まで興味津々、のりのりで話を深堀りしていきます。

尾道の産品にこだわり、季節が感じられる
おかわりしたくなるビールが売り。

  • 中島さん 早速ですが、ビールを飲みたいな。今、何種類ぐらいあるのですか?
  • 真人さん 今日は1番から5番の5種類あります。1番の尾道エールと、2番のしまなみゴールデンエールは定番で、ビールが苦手な人でも飲めるような味わいです。「誰でも飲みやすく、おかわりしたくなるビール」というのがうちの売りです。これまで造ったビールは2年間で18種類です。
尾道ブルワリーのメニュー
  • 真理さん 副原料に尾道の産品を必ず入れるようにしています。かんきつやぶどう、桃などの果物はもちろん、トマトやキュウリ、アスパラガスなどの野菜、尾道のコーヒーやカカオなどでも造っています。次は、魚も考えているんですよ。
  • 井上さん え~!私、キュウリが大好きなんです。ぜひ、キュウリのビールを飲んでみたい!
ビールについて聞く中島尚樹・井上恵津子ご夫妻
  • 真理さん まだ暑さが残っている夏の終わりごろに造るビールで、ちょっと酸味があって、汗をかいた後にごくごくっと飲むとすごくおいしい。でも残念ながら、今はありません。
  • 中島さん じゃあ、次は夏に来ればいいですね。ビールを通して旬を味わえるのは楽しい!ところで、ビールづくりで失敗された経験はありませんか?
ビールについて説明する佐々木真理さん
  • 真理さん 大きな失敗はないですね。造る前に自分たちで実験して造り始めるので。でも、試作をするわけではないので、出来上がった時にあれっ?と思ったことはあります。例えば、キュウリのビール。最初はぬか漬けの味がして、これでいいのかなと思ったのですが、だんだん熟成してくると、キュウリ、ウリ、メロンのような味と香りに変わっていくのです。
  • 真人さん ビールは他のアルコールに比べると多様性があって自由です。基本的に何でも入れられるので、あとは“飲める味なのか” “もう一度飲みたくなる味なのか”ですね。

50代後半、夫婦ともに異業種からの転職
新天地でビールの醸造に挑戦!

  • 井上さん お二人はビール会社にお勤めだったのですか?創業された経緯は?
  • 真人さん 私は大手食品・物流会社に勤めていました。働きすぎて身体を壊し、第一線を退いたときに、妻が「ビールを造らない?」と呼び掛けてくれたのがきっかけです。
  • 真理さん 私は旅行会社に勤めていました。夫が病気になった当時、私たちは50代後半で、これからどうやって生きていこうかとすごく考えたのです。それなら、まだ動ける年代で何か次の新しいことを始めようと思って、私が大好きだったビールを造ることになりました。
ビールを注ぐ佐々木真理さん
  • 真人さん そもそもビールを造るきっかけは、和歌山の熊野古道へ旅行した時のことです。地域起こし協力隊として東京から和歌山に来ていた女性が、そこでカフェを開いていました。その女性と話をするうちに、こんな生き方もあるんだと思って。私たちがここで創業するとしたら何ができるか考えた時に、「ビールがあれば最高だね」という話になって、ビール事業が浮かび上がってきたのです。後でいろいろ調べたら、ハードルはあるけど、私たちでもビールの醸造ができることが分かりました。場所も人口や産業などたくさんのデータを分析し、醸造所のない全国10カ所の中から候補地を選びました。
ビールを持つ中島尚樹・井上恵津子ご夫妻

尾道には応援してくれる人とのつながり、
暮らしやすさ、古蔵との出会いがあった。

  • 中島さん 尾道に決められた理由は?
  • 真人さん 東京の有楽町のビルで、「明日、広島県の説明会がある」というテロップを偶然見つけたのです。尾道も候補地の一つで、自転車旅行で訪れた時の印象も良かったので、翌日の説明会に出掛けました。そこで、担当者とすごく話が合って「一度、来てみなよ」と誘われ、片道の交通費が補助されるという広島県の制度を使って月1回、尾道に通いました。行くたびにいろいろな人と知り合いになって、尾道での創業に心が傾きました。その頃に知り合った人とは今でも途切れずにつながっています。会社員時代とは全然違うつながりですね。
  • 井上さん いろいろ応援してくださる人が出てきたんですね。
中島尚樹・井上恵津子ご夫妻
  • 真人さん 尾道に決めた理由が3つあって、1つ目が人です。2つ目は、程よく都会と田舎が混じった尾道の景色や時間の流れ。毎回訪ねてくるたびに暮らしやすいなと感じました。3つ目はこの蔵と出会ったことです。
  • 真理さん 尾道に来るたびに、飲み屋を訪ね歩いて「古民家みたいなところでビールを醸造したい」と話していました。すると、その中の一軒のマスターがわざわざ千葉まで連絡をくださったんです。「この蔵を貸したい」と言っている人がいると。この辺りは何百回も行き来して隅から隅まで探しましたが、この蔵は民家に囲まれていて全然分からなかった。もちろん、不動産屋さんにも出ていませんでした。
  • 井上さん すごいめぐり合わせですね。その後はとんとん拍子だったのですか?
  • 真人さん それが、移住しようと思った時がコロナの時期で動きたくても動けませんでした。やっと動けるようになって、引っ越し屋さんに最短の日を頼んで家族で引っ越してきました。
  • 中島さん コロナ禍でやめようとは思わなかったのですか?
  • 真人さん 創業を決めて、妻はすでに会社を退職していましたし、私も上司に辞めると言っていました。やるなら今しかない。基本的にやった後悔よりもやらなかった後悔の方が大きいと思っているので…
  • 中島さん 僕はやった後悔の方が大きいですが…
  • 真理さん それは若いからですよ。年を取ると、時間が限られてくる。死ぬ直前にやらなかったと後悔するより、やった方がいいと思います。決めるのは自分たちです!
談笑する中島尚樹・井上恵津子ご夫妻と佐々木真人さん・佐々木真理さんご夫妻

尾道の人は程よい距離感のおせっかい焼き!?
地元の人に愛されることが一番大切。

  • 中島さん 創業して良かったですか?
  • 真人さん やって良かったと思います。創業当初は四六時中、夫婦で一緒に居るので、お互いに感情をぶつけることもありました。今では、そうした経験から学んで、経営全般は私が担当し、広報的なことは妻に任せています。
  • 真理さん 私は観光業に携わった経験から、どうやったら観光客にささるかを考えて、商品のネーミングやSNSなどを担当しています。
  • 中島さん 知らない世界に飛び込んでいらっしゃるけど、基本的に経営や観光などのノウハウがあるからうまくいっているのですね。
談笑する中島尚樹・井上恵津子ご夫妻
  • 真人さん いくらノウハウがあっても現地の人と感性が合い、現地の人と融合できなければうまくいかないと思います。やはり、人が一番です。
  • 真理さん 尾道は昔から北前船で栄えた町なんですね。だから、来る人を拒まず、去る人を追わずという気質の方がたくさんいらっしゃる。私たちも外から来たけど、ビールで尾道を盛り上げたいという話をすると、皆さん応援してくださいます。
  • 真人さん 尾道の人は程よい距離感のおせっかい焼きです。開店した時、お客さまがビールを買って持ち出そうとするので、「どこへ持っていくの?」と聞いたら「営業してくる」と言われて…笑
談笑する佐々木真人さん・佐々木真理さんご夫妻
  • 真理さん 「新しく尾道ビールというのができたのでここで取り扱ってくれませんか?」とお客さまが営業してくださったのです。他にも、お客さまから「トマトでビール造れませんか?」と聞かれたので「造れます」と言ったら、生産者さんを連れてこられました。今では年に1回のトマト祭りに合わせて、トマトのビールを造っています。ビール造りは地元の人に愛されないと続けていけない仕事だと思うので、そこは大切にしたいなと思います。
  • 真人さん 今、この店のお客さんはがちょうど地元半分、観光半分。尾道の人は尾道が好きだから尾道のことを話したがる。観光客は尾道のことを聞きたがる。ここが地元の人と観光客の出会いの場になっているのがいいなと思います。そんな場所としてこれからもずっと使ってもらいたいですね。

綿密な経営計画を立て、県の制度を利用して
予算をはるかに超える資金不足を乗り切った。

  • 中島さん 資金は潤沢にあったのですか?創業のアドバイスがあれば教えてください。
  • 真人さん 資金は自分の持ち分が半分で、あとは借りました。クラウドファンディングもしましたが、返礼品として全額お返しました。実は、この蔵の内装も見積もったら、予想をはるかに超えるほど高くて、内装業者さんからも銀行さんからも「これだったらやめますよね」と言われたのですが、そこは腹をくくってやり始めました。
  • 真理さん この蔵を見た時、「ここだな」と思ったんです。お金に関係なく、ここでやろうと思えたので、やめようという言葉は一言も出ませんでした。
中島尚樹・井上恵津子ご夫妻
  • 真人さん 最悪のパターン、普通のパターン、良いパターンの3通りで、3年後5年後10年後15年後を試算して、失敗した時にも最終的に清算すれば何とかなると確信しました。何かを始めるとき、短期・中期・長期で計画を立ててやらないと失敗してしまいます。もう一つは運があるかないかです。つくづく私たちは運が良かったと思います。
  • 真理さん ホームページを作る時、専門家が延べ24時間分無料でサポートしてくれるという広島県(ひろしま創業サポートセンター)の支援を受けました。ブランディングからSNSまで丁寧に教えてくださり、それはとても良かったです。今でもその方には面倒をみていただいています。
  • 井上さん そういう制度を使うことも大切ですね。
尾道ブルワリーのビール

店舗を増やし、ネットワークを広げるか?
地元に深く根付くか?悩みながら、夢は続く…

  • 井上さん これからの展開を教えてください。
  • 真理さん 今後については2人の方向性が全く違うんです。
  • 真人さん 私は2カ所目3カ所目の醸造所を作りたいなと思っていますが、妻は絶対にやりたがらない。借金はあと8年で払い終える予定ですので、その時、私は70歳。違う人にバトンタッチして広げていきたいなと考えています。
  • 真理さん 私はこれ以上、広げたくない!ここに根付きたいという想いがあって、小さくて少量しか造れないことを売りにしていきたいと思っています。
  • 真人さん ビールは地域おこしの要素が割と高いので、熊野古道も含めて、地域おこしのネットワークみたいなものを作っていけたらいいなという夢もあります。
  • 中島さん 創業を考えていらっしゃる方にはとても参考になり、自分たちに足りないものが明確になったと思います。私たち夫婦もぼんやりしていてはダメだということがすごくよく分かりました。本日はありがとうございました!
中島尚樹・井上恵津子ご夫妻と佐々木真人さん・佐々木真理さんご夫妻

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